半端日記

何にもなれなかった中途半端の記録

TRUMPを半端にしか知らない人間種、キルバーンに参加する【後編】

注: この記事はミュージカル『キルバーン』のネタバレを大いに含みます

この記事は前編の続きとなります。観劇の経緯については前編をご覧ください。

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迎えた宴の日

翌朝もいつも通り目が覚めた。軽く身支度を済ませ、朝食を取ったのち、念の為カロリーメイトを持って池袋へ向かった。

最寄駅のローソンでチケットの発券を済ませ、チケット名義と受け取った人間の名前違って大丈夫だろうか、と思いつつもチケットを握りしめて池袋行きの電車に乗った。座席番号はやたらと下手寄りであることしかわからなかったが、友人からは「スピーカーが近いと爆音らしいので対策が必要かも」というアドバイスをもらった。ライブ用の耳栓はあいにく自宅に置きっぱなしである。今から見に行くのミュージカルだよな?

ここから会場への道中は何事もなかったので省略する。暇なので電車の中で花言葉を調べてみたり*1応用情報技術者の試験対策をしたり*2、適当に時間を潰していたくらいだ。

サンシャイン劇場は少々わかりづらい場所にあるものの、サンシャインシティは何度か訪れたこともあり迷子になることもなかった。

サンシャイン劇場のエントランスの写真。チケットを譲ってくれた友人への到着報告を兼ねている
無事に到着したことを友人に報告するため撮影した1枚

サンシャイン劇場のエントランスに着くと、すでに数十人が列を成しており、あともうしばらくしたら入場というタイミングだった。すでに光るリストバンドと思しきものを所持しているものもおり、公演3日目にしてリピーターもそれなりにいることが窺える。この人数なら全員がグッズ販売に並んでもそんなに時間はかからないだろう、と思いのんびり入場を待つことにした。

裏切りのパンフレット

どういう立ち振る舞いでいればいいのかわからず、見よう見まねでチケットを出して入場し、噂に聞いていた光るリストバンドを受け取り「これが持ち帰り可だなんてなんとリッチな」と思いながら*3、ひとまず物販列に並んだ。

物販列もかなりスムーズに進み、パンフレット以外に何か買おうか悩む暇もないまま会計順になり、素直にパンフレットのみを購入した。あとはチケットで席を確認して、パンフレットで予習の追い込みをすれば勝ちである。

勝ちであるはずだった。

予習のために購入したパンフレットだったが、ネタバレのため開演前に開くなとのこと。
もう終わりだ

この有様である。ネタバレのため開演前に開くなと?これにて詰みである。公式サイトのあらすじとわずかなTRUMPについての記憶、多少予習した花言葉を頼りに、ほとんど丸腰でこの宴に参加することがこの瞬間に確定した。

筆者はミュージカルについてはほどほど馴染みがある。劇団四季は少なく見積もって2桁回程度は見に行っている。ミュージカルとは違うジャンルになるが、演劇も時々観に行くことがあるし、オペラの鑑賞もそこそこ経験がある。

また、類似のジャンルとしてSound Horizonというユニットのコンサートに行くこともある。このユニットのアルバムツアーは「Story Concert」と呼ばれ、バンドの演奏をバックに、音楽ライブとミュージカルを混ぜたような形態で披露される。特に近年はミュージカル色がかなり強く、参加メンバーもミュージカル俳優が多めになっている。

私は1人ではない。たとえ丸腰でも、今まで積み重ねてきたミュージカルとその類似コンテンツの経験があるのだ。生き抜いてみせる。

開演まで暇になった。どうでもいいが、このパンフレット高校時代に使っていたリュックの柄にそっくりだ。そんなことをぼんやり考えつつ、リンドウによる前説を聞きながら、あとはただ時がくるのを待っていた。

キルバーンのパンフレットに似た色合いの高校時代のリュック
高校時代のリュック。

キルバーン

ここからは観劇中の感想や考察を書いていく。休憩時間や終演後に大急ぎで書き溜めたメモを元に再現しているが、一部時系列は正確ではない。加えて、おそらくかなり読みにくいものになると思うが、ご容赦願いたい。

開演前

シランとリンドウが実際にステージ上に現れ、直々に公演の注意事項を読み上げる。やや脱線するが、リンドウは公式画像だと猟奇的なお姉様感あるイメージだったが、実際に喋りと姿を見ると全然そんなことはなくおとなしめの可愛らしい少女の印象を受けた。あの写真はなんだったんだ。詐欺だ*4

それにしても開演前からやけに客席に絡むな、こういうノリなのかTRUMP。ここは結構後ろだから流石にこっちに絡まれることはないと思うけど、と不安になりながら何やら開演前の余興があることが述べられる。

開演前に何かしらコンテンツが披露されるらしいことは知っていたが、こういう感じなのね、ダンサーさんの華麗なる舞に魅了されているうちに、何やらしれっと本編に入ったっぽかった。

あと、このタイミングで気づいたが観客もどうやら共同幻想なるものの一部として舞台の登場人物から我々観客は見えているという設定らしい。第四の壁については様々な形で取り扱うこともあるが、キルバーンではこういう感じで行くらしい。

これ絶対後でも客席に絡みに行くやつだな、と思った。

本編 (前半)

まずはグスタフと呼ばれる人物の歌から始まる。なるほど、昔ニゲラとビンカという吸血種がいてビンカがニゲラに怪我を負わせたと。

...誰だよ、ニゲラとビンカ。そんな名前あらすじにも登場人物の一覧にもいなかったぞ。まぁ、おおかたこういう初っ端に出てくるキャストのないキャラはおとぎ話か遠い昔の人物で名前だけで存在しているか、あるいは登場人物の誰かの正体がニゲラかビンカであるか、のどちらかだろう。多分後者。

2人ペア、ということでシランとリンドウあたりがそれに該当するのか。もしくはニゲラは大怪我をして亡くなったか未だ回復せず動けない、という事実を踏まえれば歌っているグスタフ自身がビンカの可能性もあるし、あるいは不死卿ドナテルロあたりの可能性もある。この歌の内容が何年間の話か知らないが、というかそもそも吸血種って何年くらい生きるのかも知らない*5のでその辺の感覚もあまり当てにならなさそうだが、多分そんなところだろう。

いろいろあって話が進んでいくのだが、客席にコールアンドレスポンスを要求し始めたり、突然客を立たせてライブを始めたりしてやりたい放題の時間となる。こいつら幻覚をなんだと思っているんだ。勝手に盛り上がるんじゃない、正気か

ここで昨日の自分の判断の甘さを呪った。

「どうせ明日は祝日1人で暇だし、のんびりミュージカルを見て日頃の疲れをリフレッシュして過ごすのも悪くないかもしれない」と。

こんなはずではなかった。全然のんびりではないしリフレッシュどころではない。ヒャッハーってこういうこと? 曲調もかなりメタルだし。逆にここまでメタルっぽいのに周囲にヘドバンしている者が1人もいなかったこともそれはそれで怖かった。いずれにせよ、のんびり観劇とかではない。

シランとリンドウがギターとベースを弾いてる*6し、だいぶ好き勝手なミュージカルもあったものである。

その後、大柄の女装をした吸血鬼が客席入り口から入場して何かを配りながら客席を練り歩き*7、そのままステージへ。

歌の内容とストーリーはあらすじにあった通りの流れなので、ステージでの動きはわかりやすく、話の流れも結構追えているな、演出がところどころ様子おかしいけど、と思った。

ストーリーについてはここで詳細に記載しないが、要するに繭期という思春期に似た時期があり、情緒不安定や幻覚を引き起こすことがあること、ドナテルロなる不死の吸血種はその繭期の症状を誘発させるCOCOONの密造人でありポピーは表社会の名士であり同時に裏社会ではCOCOONの密売人であるということがわかった。

結局のところ麻薬の密造者と密売人の元締めが密造者の所有する館で取引しているだけである。ろくなもんじゃない

その後、ポピーの目的がドナテルロに不死を分け与えてもらうことであることであることがわかる。そのために大金を積んだが、ドナテルロ的にはお金より「真実の愛」なるものが欲しいらしく、そのためにソフィという記憶を失った不死の少女がドナテルロに花嫁として差し出されてしまった。

ちょっと突っ込ませてほしい。不死が欲しい、まぁわかる。お金よりも真実の愛が欲しい、まぁ言わんとしてることはわかるけど随分世間知らずというかなんというか、歪なピュアさをそこに感じる。

長らく生きてきて真実の愛という概念を疑わず信じてるドナテルロさん、結構純粋というか世間知らずというか、不死故の拗らせが生じてないのが面白い。他者にあまり興味なさそうだしさてはコイツ引きこもりだな、館から出たことないでしょ。

そして都合よく記憶喪失の不死の少女を連れてくるポピーもなかなかである。裏社会の情報に通じているとはいえ、よくこう都合のいい人材見つけてきたな。表向き議員だし裏では麻薬密売人の元締め、要するにマフィアの偉い人なだけあって、仕事はできる方なんだろうな。ちなみにポピーはソフィに不死にしてもらうことはできないのかな、韻踏めてるし。誰か詳しい人教えてください。

さて、この展開に人身売買がどうのこうのとか倫理がどうのみたいな話をしているが、そしてそれは至極真っ当な指摘ではあるのだけれど、麻薬の取引している人にそんな常識的なことは言われたくない。何より吸血種ってそういう真っ当な倫理観ある社会なんだ。へー。という驚きもある。血盟議会とかいう議会もあるくらいだし、一応社会として色々きちんと成立しているのかもね。知らんけど

この辺で感じていたことだが、TRUMPシリーズにあまり触れていないと、彼ら吸血種の文化とか価値観とかの機微がわからない。なんとも歯がゆいものである。彼らはどのような社会で、どのような文化を持って生きているのだろうか。あと、何年くらい生きるのだろうか。そろそろ教えて。ポピーの話聞いてると人間とあんまり変わらなさそうだけど。

ここで登場人物それぞれの過去が少しずつ語られるが、繭期の症状のせいで結構悲惨な、というかとち狂った人生になっている。幻覚を見たり、というのはわかるけどそれにしても結構情緒の不安定の方向性が個性的というか、なんか謎の能力みたい、というかなんというか。難しいね繭期って。

いずれにしても、吸血種の総人口とか社会制度とか知らないが、このような状態で社会を維持できているのがびっくりである。結構タフな種族なのかもしれない。

脱線したが、だいたい状況をまとめると、

  • ドナテルロは不死の花嫁は歓迎。死ねないから永遠を共にするものが欲しい
    • ソフィが本当に不死かどうかは物騒な手段じゃなくて一緒にいるうちに確かめる
      • なんか結婚前のカップルみたいなこと言ってるな、と思うなど。動機は全然違うけどさ
  • グスタフは花嫁に反対。不死者だと認めたくない、が正確か。なんだ、ドナテルロとその不死生への異常な執着は
    • 命を奪えば早いけど、それで死ななかったら困るしジレンマ〜って感じ
  • ポピーたちはソフィが不死者であると信じてるし、面倒だから一度死んでもらって証明しようみたいな物騒なこと言ってる
    • この辺やってることがマフィアって感じだよね〜
    • 用心棒のダリはちょっとよくわからない。用心棒という話だけど重要人物なので絶対に何か別の目的がある

といった感じか。うん、めっちゃわかりやすい。シンプルでいいね。筆者は人間種なので繭期の症状を体験したことがなく、登場人物の皆々様が過去にどうしてそんな行動を取ろうと思ったのかは結構理解に苦しむ点もあったが、そういうものだと思えば、話としては非常にシンプルなのだ。初心者に優しいミュージカルである。

...グスタフっておじいさんなの?ということは見た目と実態が一致していない?

休憩

ひとまず休憩を迎えた。することがないので、一旦ロビーに戻って給水を済ませる。友人*8に途中までの簡単な感想とお礼のLINEを送り、前半の内容を整理して*9後半に臨むことした。

整理して思っていたが、ステージ上の何が幻覚で何が実際に発生した出来事なのかわからなくて怖い。今自分が見ているものはどうなのか、きちんと考えないと置いていかれるかもな、と気持ちを新たにしたところで後半の幕があがる。

本編 (後半戦)

いよいよ物語の核心にせまっていく。後半は結構時系列があやふやなので、思ったことを端から書いていく。

ソフィが真に不死であり、その経緯がわからないこと、ダリの本名と真の目的、などなど*10

ダリという人物がデリコ家の血筋らしい、と言うことが語れたのだ。どうも名門の血筋らしい。鑑賞中ちょっと引っかかったのだが、ソフィしかりこのミュージカルの登場人物はフルネームが出てくる方が少数のようだ。聞き逃しただけかもしれないが、他のキャラのフルネームがそこまで強調されていた印象はない。ということはこの作品ではフルネームそのものに大きな意味はない。それでもあえて強調してフルネームが出てきたこの2人の名前はシリーズの他の作品にとって重要な意味を持つのかもしれない。彼らは他の作品にも出てきていて、実はもうシリーズに詳しい人は結末も推測がつくのだろうか、と思っていた。

色々とあったが、どうもソフィにはドナテルロが見えていないらしい。グスタフもおじいちゃんって呼ばれてたし、1人だけ見えているものが違うようだ。そしてポピーは不老不死をもらえて満足そう。結構あっさりもらえるのでびっくり。ここに一悶着はないのか。

と思ったら短剣の傷が治らないらしく、不死ではないらしい。さっきドナテルロに刺された時は治ったのに。

謎がどうのこうのと歌っていたが、これだけシンプルなストーリーである。大体の予測はこの時点でついた。ところで繭期幻想読本ってなあに?

  • ドナテルロは幻影で、現実に物理的な干渉ができない
    • だからポピーは当然不死になれないし、ドナテルロに刺されてもダメージは受けない
    • 幻影だから殺すこともできず不死に見える
  • グスタフも美少年は見せかけで本当はおじいちゃん
    • この状況で幻影を見せられるのがグスタフのはずなので、グスタフに何かカラクリがある

その後ドナテルロとダリによるラップバトルを挟みながら、ドナテルロへの詰問が始まり、ドナテルロが大暴れして全員を殺めようとする。どうせ死なないんでしょ。

と思っていたが結構普通にバタバタ倒れて行ってちょっと驚いた。結構ガチでやばいのかもしれない。なかなかの緊迫シーンである。

幾度目かの脱線になるが、ここで面白いのがダリである。彼は麻薬捜査のために内偵しているわけだが、終始一貫して本件に巻き込まれた誘拐被害者のソフィを気遣っている。捜査とソフィの救助、どちらを優先すべきかというのは難しい問題だが(吸血種社会の倫理観と警察の価値観次第なのでどちらでも良いのだが)、別に殺したって死にはしないのに、ドナテルロ大暴れのシーンでも身を挺して庇ってあげているのが非常に真面目である。明らかにソフィを矢面にした方が生存率上がるだろうに。

結局ソフィ以外は全滅してしまった。言わんこっちゃない。と思ったが、ソフィには本当にドナテルロが見えていないようで、みんなが突然暴れ出して倒れたようにしか見えないらしい。やはりドナテルロは幻影だったようだ。

以下は物語の真相である。

冒頭のニゲラとビンカは、やはり登場人物の中にいて、グスタフがビンカで開かずの間の先で昏睡していたのがニゲラであるらしい。ニゲラとビンカが同年代とするともう結構おじいちゃんだな。

そして、ニゲラの繭期の特性を利用して繭期を誘発、集団幻覚を作り出したのがこの館とドナテルロ/グスタフの正体らしい。まぁそんなもんよな。と思っていたところ、

突然ドナテルロ(ニゲラ)が真実の愛を理解したらしい。

ニゲラとビンカでなんかいい感じになってる。ちょっと待て本当にいいのかそれで。まぁ確かに、どっちもそこそこいけない面はあったし実際問題自分に尽くして面白いことをしてくれてたんだからいいのかもしれないが、本当にそれでいいのか。吸血種の価値観はわからん、繭期のせいで愛情というか感情全体がおかしくなってて大変だなぁ。本人たちがいいならいいのか、と思ってのんびり眺めていたら

(゚∀゚)o彡゜ニゲラ!ビンカ!

ハッピーウェディング!グスタフの衣装が白いのって花嫁衣装だったんだ。花嫁姿似合ってるよ。うわー、ゴンドラ装置までついてるんだ。すごい豪華だ。みんな幸せそうでよかったね〜〜〜

とはならんやろ。ちょっと待て。展開が早すぎる。

  • 真実の愛って結婚がゴールなの?愛の形は結婚だけなの?結婚しなきゃダメ?
    • シリーズで「結婚」という概念が何か特殊な意味を持っているパターン?
  • 勝手に幸せになってるしみんな祝福してるけど
    • 己のエゴで人を昏睡状態にした挙げ句、その贖罪と称して社会に薬物を蔓延させたビンカが許されるのは流石にどうなん?
    • ポピーはまぁいいよ、裏社会のものだし。他のみんなは本当にそれでよかったのか?
      • 特にダリ。あなた警察官なのに泣き落としに弱すぎんか。今まで何人か犯人見逃してたりしないかい?

吸血種の倫理観も常識も文化も社会も何もかもわからない。ニゲラとビンカの結婚を素直に祝福できない私はきっとこの場では異端なのだろう。物分かりの悪い共同幻想でごめん、と思いながらなんとなく拍手をしているうちに舞台は幕を下ろした。

一体私は何を見せられていたのだろうか。

あと、繭期幻想読本とシラン/リンドウのところは本当に理解できなかった。おそらく他作品に関わる部分なのだろうけど、物語と本筋的にはあってもなくてもよさそうな部分なので、きっとわかる人にはわかる、そういった内容なのだろう。

見終わって

雑感

まず、前編でも書いたが素直に面白かった。最後の展開については、個人的にはハッピーだと思いたくないが、物語というのは得てしてそういうものである。

ニゲラとビンカは他人を不幸にすることで当人たちの自己満足な幸福を得た、それが結末でも良いのだ。その結末のあり方をきちんと考えることが、考えるきっかけになることが物語の意義であるとさえ思う。

ストーリー自体はかなりシンプルで、言ってしまえば先の展開が結構予測できるポピュラーなものだが、シリーズもので他作品の背景を知らない人間にとってはこれくらいがちょうどいい。長年のファンにとっては他作品を土台にしたもっと重厚な物語が期待されるかもしれないが、私のような新規層が無理なく入るにはこれくらいの味付けがありがたく感じる。

そして、新規にとってはもう一つ。ノリとテンションだけでついていけるこのはちゃめちゃ具合もかなりありがたい。ゆっくり観劇して優雅な休日を過ごす、という私の目的は叶わなかったが、ライブ感と勢いで頭を使わずに見ることができるのは非常に親切だと感じた。

キルバーン自体は(少なくとも初見にとっては)X (旧Twitter)のタイムラインに阿鼻叫喚を撒き散らすような作品ではない。見ていて非常にしんどい思いになることもないし、その結末に心折れるようなものでもない。これをきっかけに他の作品も見ることはできないだろうか、という気にさせてくれるいい作品だったと思う*11

音楽についても触れておく。

冒頭と終盤は光るリストバンドの効果もあって、結構バンドのライブという感じもあるものだった。シランとリンドウが突然ギターとベースを持ち出してみたり、マイクもヘッドセットではなくスタンドマイクだったり、何を意図しているのかは不明だが雰囲気づくりへのこだわりを感じる音楽と演出だったように思う。ジャンルも意表をつかれるものもあり、個人的には面白い点だったと思う。あと、事前に友人に「爆音らしい」と聴いていたが、確かに音量は結構大きかった。幸にして結構後列の方だったので耳にダメージが行くほどではなかったが、中央より前だった場合は耳栓を家に置いてきたことを後悔する羽目になっていたと思う。

また、私自身はミュージカル俳優に詳しいわけでもなく、ましてや特定の「推し」がいるわけでもないのだが、こうして見るとどの俳優さんも非常に魅力的な方だな、という印象だった。声や体格、動作などその人の持つ様々な要素が「キャラクター」を型づくるわけであって、キャラクターの魅力を上手に引き出すプロなのだということを実感した次第。

独断と偏見によるキャラクター評

以下は登場人物の幾人かに抱いた勝手な印象です。石を投げないでください。

グスタフ/ビンカ

全ての諸悪の根源。こいつがいなければ薬物(COCOONによる繭期の誘発)が社会問題になることもなかった。もちろん、彼なりに必死だったのだろう。大切な友人を傷つけて生きているのかどうかもわからない状態にしてしまったのだから。

しかし、そのために裏社会で暗躍し薬物を社会に蔓延させて富を築き、その薬物を持って共同幻想を作り上げるという手段に出ることは(我々人間種の社会の価値観では)到底許されることではない。最終的にニゲラと愛に結ばれ、作った薬物で心中するという本人たちにとっては極めて幸せな結末を迎えたが、その代償は本人たちの知らぬところで払われているわけだ。

ちなみに彼は「美少年」であったわけだが、なぜ美少年なのだろうか。文化的教養に疎い私には理解できなかった。勝手な憶測だが、本人の理想の姿を顕現させたものだったのだろうか*12。セリフで説明されていたのだったら覚えていないだけなのでスミマセン。

ドナテルロ/ニゲラ

本人にも色々あるだろうが結構な困ったちゃん。ドナテルロとニゲラはなんかもうほぼ別人格なのだが、ドナテルロは自身の記憶について思うところはなかったのだろうか。そもそもドナテルロは自信をどういう人物だと認識していたのだろうか。

1度みただけではあまり理解できなかった。

ドナテルロの求める「真実の愛」というものから感じられる不自然なピュアさ、彼の言動に見られる世間知らずで大人になれていない部分、とても不老不死で長い年月を生きていたとは思えない要素がそこかしこにある。そもそも生きた年月に応じた価値観や行動の変容、そうしたものそのものにも疎いのかもしれない。彼の歪にも見える人格は、きっと彼の生い立ちそのものを表しているのだろう。

ソフィ/リリー

とってもかわいそう。今作の生き様を聞く限りでは非常にかわいそう、あんまりだ。不老不死にされた挙句、記憶を失って不安なままよくわからないところに連れてこられ、そこではみんながみんな虚空に向かって「不死卿」と丁重に話しかけている様を見せられているわけです。いうなら酒カスの飲み会にうっかり参加した素面の下戸みたいなもので、絶対にめっちゃ怖かったと思う。

そして記憶を取り戻したとて、本人が幸せではなさそうなのがなお辛い。

おそらく記憶を失うに至る経緯や、不死になった経緯の詳細は他の作品で描かれていると思うのでそこについてはわからないまま話してしまっているが、リリーが幸せになる未来は残念ながらあまり見えないように思う。不幸になるためだけに複数の作品でキーパーソンにされる運命にある、そんな印象受けたキャラクターだった。

ポピー

権力のある小物。ちっさい。不老不死になりたいとか、そのためにどこからか不死の女の子見つけてほとんど拉致みたいなことして取引材料にする。行動力と権力、あと実務能力は高いのかもしれないが人として吸血種としてあまりに薄っぺらい。それとも吸血種社会ではあれくらいのしょーもない、思慮のかけらもないような欲望がそこそこしっかりした意味を持つような価値観があったりするのだろうか。

わからん。

あの見た目と言動といい、演じた俳優さんには頭が下がるばかりである。

マルメロ

愉快なおじさん。話は駄々滑り出し、結構な頻度で幻覚に語りかけているし、まともに見えて結構きちゃってるのかもしれない。登場人物たちの中では比較的マシな人生のような気もするが、どうなのだろう。下級貴族としてゾンビみたいに生きる方が命のやり取りで死にかねない方が辛い、みたいな価値観で生きているとしたら、あるいはそういう価値観を吸血鬼社会が内包しているとしたら怖すぎる。

総じて、信念は素敵だが、そのための行動が全く伴っていない印象。なんで裏社会でポピーに使える道を選んだ。どう考えても誰かを笑顔にできる道ではなかろう。

彼は彼で結構生きづらいのかもしれない。

オリーブ

ロックすぎる被害者面女。人生の辛さとしんどさの大半を自身の繭期症状によって引き起こされた、まぁ確かに可哀想といえば可哀想な人。でも自分のせいだよね。

とはいえその後の生き方は、結構筋が通っているように思う。本人なりにきちんと生きようとしているのかもしれない。彼女の繭期症状は価値観の反転だそうだが、館の中でそれがきっかけのトラブルが発生したりすることがなく何よりである。

シラン

口が悪いお嬢様という感じ。なぜかはわからないがそこはかとなく育ちの良さを感じる。武器が結構大雑把な感じなのもいい。

リンドウ

写真詐欺。公式サイトの猟奇的ドSお姉様みたいな写真とは裏腹に、見た目も佇まいも話し方もおとなしい少女そのものである。あのビジュアル入ったなんだったのだろうか。

武器も結構立ち回りと身のこなしが要求されそうなものを利用していた。器用なのかもしれない。

ダリ

情が厚すぎて社会でうまく生きていけないタイプ。ソフィに「静かに」と言った舌の根も乾かぬうちに消音器のない銃で扉の錠を破壊するお茶目さんでもある。あの信じたものに突っ走っていく感じで警察官の仕事が無事にできているのか不安である。あるいは吸血種社会は正義感だけで警察が務まってしまうのか。

自身の血筋に誇りを持ち、ノブレスオブリージュを歌いながら己の信じた正義を全うしようというその姿勢は素晴らしい。おそらくキルバーンの作中ではトップクラスの善人だ。

しかしだ。ソフィを助けようという意思はいい。そのためにできることは果たしてソフィの手を引いて走り回るだけだっただろうか。結果何もなし得ていないし。

もう少し器用に立ち回れれば、とても凄い人なのに、と思うなど。とても重要人物だけど、いまいち役割が重要になれない、そんな印象。でも好きだよ、そういうの。

最後に

というわけで、TRUMPを知らない人間種がキルバーンに参加した思い出をつらつらと書いてみた。本当はもう少し早く仕上げたかったが、仕事が忙しかったり、合間に応用情報技術者の試験もあったりであまり筆が進まず、観劇から一ヶ月ほど経っての執筆となってしまった。もうすでに当日の記憶もやや怪しくなっている部分もあり、メモをもとに想像で補いながら書いた部分も多数ある。誤りがある箇所についてはご容赦願えれば幸いである。

本当は、人物評の次に「共同幻想キルバーン」という形で、吉本隆明の"共同幻想論"を下敷きにしながら思うところを書いていた章があったのだが、この記事の公開にあたり全てカットした。

理由の一つには、書いているうちにブログの文字数が2万字を超えて流石に長すぎると感じたことがある。そしてもう一つはいくらなんでもTRUMPを知らないものがここまで踏み込んだ内容を書くべきではないだろう、と思ったことがある。必要な前提を欠いた状態で考察の真似事をしてみても、それはただ空虚な営みに過ぎないのだ。

したがって、キルバーンを見た私の感想はこれで終わりである。まさかこんなところまで律儀に読む者がそこまで大勢いるとも思えないが、もし読んでくれた方がいたらここから感謝を申し上げたい。

読みづらい部分も多々あったと思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

また、いろいろ事情があったにせよ面白い体験のきっかけをくれた、公演当時シアトルにいた大切な友人へ、心からの感謝を*13

おまけ

吸血種のとんでもない宴から人間社会に復帰するにあたってのあれこれ

帰りに立ち寄ったポケモンセンターMEGA TOKYO
同じサンシャインシティ内にある

ポケモンZAの発売も間近に迫ってきました。発売したらミアレシティに住み着くことになっていたので、それまでにこの記事が書き上がっていなかったら、そのまま永久に完成しなかった可能性があります。

池袋駅前にある喫茶室のアップルパイとコーヒー
駅前の喫茶店。終演後のメモ書きはここでまとめた

そういえば吸血種の人たちってどういう食生活送っているんだろうか。開演前に「飲食は不死卿の教えに」反するみたいなこと言っていたけど、あれも結局何か意味があるのか言ってるだけなのかよくわからなかったという印象。

池袋駅にあったクランドのリアル酒ガチャコーナー。そのマスコットの写真
リアル酒ガチャ。なお筆者は酒に弱い
  

*1:だいたい花が名前になっている場合は花言葉も合わせてモチーフにしている、という偏見がある

*2:本来はこのブログはもう半月くらい早く出す予定だったのだが、試験対策を言い訳に執筆が全く進まず、雑なメモを整理するにとどまっていた

*3:全くの別界隈の話になるが、そちらでも演出のため観客全員に主催者制御の光るリストバンドが配られる。しかし、そのリストバンドは終演後出口で回収される。レンタル品なのだろう。

*4:とは言いつつ個人的には実物の方の印象が好みである

*5:TRUMPの存在とあらすじの情報から不老不死ではないことだけは知っている

*6:多分実際には弾いてないんだろうけど

*7:これもなかなかな演出だが驚き慣れたのか雰囲気に麻痺してきたのか普通に受け入れてしまった

*8:帰国日時を間違え、この公演のチケットを私に譲った例の友人。前編参照

*9:ここで本ブログの元になったメモを作成している

*10:この辺で気づいたが、ダリ役の人、CHEMISTRYの人ですね。名前が特徴的なのに気づいてなかった。"The Way We Are"とか"fo(u)r"とか好きです

*11:他の作品にいった先で心折られる可能性は一定程度の危惧をしている。どうしたものか

*12:ロマサガ3四魔貴族みたいだねって思いながら書いてます

*13:16時間の時差にも関わらず、チケットを譲ってくれた友人は当時も私の話を聞いたりサポートをしてくれたり、大変力になってくれた

TRUMPを半端にしか知らない人間種、キルバーンに参加する【前編】

注: この記事はミュージカル『キルバーン』のネタバレを多少含む可能性があります

概要

  • 数年前にTRUMPを少しだけかじった人間種が、ひょんなことから単身キルバーンを見に行くことになったよ!
  • あんまり詳しい知識がない状態で不安だったよ!
  • 結論から言うと結構楽しめたよ!

どうしてこうなった

ミュージカルの内容も大概ヒャッハーだが、経緯も大概である。

まず大前提として、筆者はTRUMPを (大して)知らない。だから、当然キルバーンなるミュージカルが存在することも知らなかったわけであって、何事もなければこんなヒャッハーなミュージカルを見ることもなかったのだ。

...そう、何事もなければ

それはある日一通のLINEから始まる

それはまだ残暑厳しい9月中旬、3連休初日の夜に起こった。友人とのグループLINEに以下のようなメッセージが届いたのだ。

9/15の昼にキルバーンというミュージカルのチケットを取ったが、出張先のシアトルからの帰着日を間違えてしまい身に行くことができない。チケットを欲しているものはいないか」というものだった。
緊急なのに「ゆるぼ」とはこれいかに

意味がわからなかった。なんの前触れもなく突然シアトルにいると言われ*1、さらに帰国日程を間違えてミュージカルに行けなくなっただと?情報量が多すぎる、ちょっと待ってほしい。

まず、普通の人間はシアトルからの帰国早々ミュージカルを見に行けるほどタフではないと思う。時差ボケもあるし、日常生活に戻るのも困難な場合もある。

とはいえ。この友人は航空機が都内への主要交通手段になる程度の地方に在住なので、飛行機に乗り慣れているのかもしれないし、確かに帰国で羽田を経由するなら東京ついで(というには羽田と池袋は距離がある気もするが)に見たいミュージカルに行ってしまおうというのもわかる。わかるのだが、それを実行しようと思う体力がすごい。そして思い返せばこの友人、それなりに体力お化けだったようなイメージがあるのでそこはなんとなく納得してしまった。そういうこともある。

そして、冷静になって考えてみると日程を1日間違えるのも確かに起こりうる話だよな、と思った。

日本とシアトルの間には16時間の時差がある。シアトルでは午前6時でも、日本ではその日の夜の22時となる。16時間も差があるところに移動時間が挟まると計算もややこしくなり、確かに1日間違えてチケットを取るなんてことが発生しても不思議ではない*2

せっかくいいタイミングで取れた念願のチケット、抽選倍率のほどは知らないが、無駄になってしまうのはとても辛いことだろう。気持ちは非常にわかる。似た趣味の友人なのだから。

とはいえ、この時点では私は友人に同情しながらも、静観を決めていた。繰り返しになるが、TRUMPにはさほど詳しくないのだ。他に興味ある人いるかもしれないしね!

サウナは全てを狂わせる

キルバーンの観劇を決意したのは翌日のことである。

LINEを受け取った翌日、連休2日目の日曜日、筆者はレジャープール*3で遊んでいた。まもなくシーズン終了になるし、夏の最後に屋外レジャープールに行こう、ということで前々から計画したいたのだ。行きがけにビーチサンダルや浮き輪まで買ってしまい、それはそれは浮かれていた。

そのプールで水に流され、波に飲まれ、まだ強い日差しにこんがり焼かれて1日を過ごした。非常に充実した日中だった*4

その後、ジムに行き*5、せっかくなのでジムでウェイトトレーニングもやりつつ、プールとトレーニングで疲れ切った体をジムの大きな浴槽に沈めた。 そして、ジムのお風呂とサウナに浸りながら、非常に心地よく疲れ切った頭でぼんやりと筆者は思ってしまったのだ。

「どうせ明日は祝日1人で暇だし、のんびりミュージカルを見て過ごすのも悪くないかもしれない」と。

友人に対する同情の念も助け、私は決断してしまった。そのまま、友人からの緊急のゆるぼのあったグループLINEに、まだチケットの貰い手が見つかっていないならそのチケットを買い取る旨を伝えた。なお、この時スマホの充電残り1%の状態でユニクロで買い物をしていた*6ので、かなりノリと勢いでLINEをしている。

他に引取り手がいなければチケットを買い取る旨を伝え、チケットの買い取りが確定
都合のよい暇人

やはりチケットの引き取り手は見つかっていなかったようで、無事にチケットを買い取るに至った。こうして私は、TRUMPの舞台へと初めて足を踏み入れることが決まった。

せめて何か手がかりを...

さて、ここで問題がある。繰り返しになるが私はTRUMPシリーズをほとんど知らない。まずはチケットを譲ってくれた友人に助けを求めたが、

  • 変に調べてネタバレは踏まない方がいい
  • グッズのパンフレットに世界観や設定の説明があると思うので気になるから買って開演前に軽く読むといい

みたいなことを言われた。まぁそうだよな、TLであれだけ情緒をぶっ壊されている人が多発してるくらい*7だから多分ネタバレとか致命的系コンテンツなんだろうな、確かにネタバレは踏まない方がいいかもしれない。

とはいえここで何もしないと流石に情報が足りなさすぎる。どうにか手がかりはないものだろうか。

「公式サイトで登場人物とあらすじくらいは読んでも流石に大丈夫だろう、みんなもチケット買う時に見るはずだし」と思い公式サイトを見てみることにした。

随分とケバケバしい絵面だな、がまずトップページを見た第一印象だった。私の知ってるTRUMPってこういうのではなかったと思うが、まぁシリーズを重ねていけばそういうこともあるかもしれない、と思いそこはスルーした。派手な方がステージ映えがして面白いではないか。

次にあらすじを読んだ。用語についてはあまり自信がなかったが、内容は簡潔で非常に読みやすい。

  • TRUMPというのが不老不死の吸血種であること
    • これは知ってた
  • その館で不死の主人の命を狙って毎夜ヒャッハーしてるらしい
    • ちょっと気になったが昼間はどうしてるのだろうか。吸血種って昼間は動けない?
  • 裏社会的な人々が集って取引したいらしい
  • ソフィという少女が取引材料にされてる。かわいそう

これだけわかれば十分だろう。物語の設定と流れは王道(?)とも言えるものなので、これは助かる。

ついでにキャスト一覧のページを見ると登場人物のビジュアルも把握できた。見た目が派手だと非常にわかりやすくてありがたい。とりあえずこれで当日ステージ上で誰が誰だかは把握できそうだ*8。助かった。みんな花の名前だな、というのが少し引っかかった*9。このシリーズは花をモチーフにした名前をつけているのかもしれない。

ここまで来ればあとは当日パンフレットを購入できれば問題ない。予習はそこで済ませよう。何時くらいにつけばパンフレット買えるかな、少し早めに家を出たほうがいいかな、などと考えながら眠りについた。あとはなるようになるだろう。

...後編に続く

pineplaaaain.hatenablog.com

*1:冷静に本人のX (旧Twitter)を見返すと、明らかにアメリカっぽいお菓子や残暑厳しい日本のものとは思えない涼しげな空の写真が投稿されていた。自分の目が節穴なだけだった

*2:と思っていたのだが、実際はもっと単純で友人の持っていたスケジュール表にタイムゾーンが記載されておらず、時刻にPSTとJSTが入り乱れて非常にわかりづらいだけだった。これを元にスケジュール組まされた友人、かわいそう

*3:流れるプールとかある、遊園地の中に夏場だけ作られるアレである

*4:完全に本筋と関係ない話だが、公営施設内のためかプール内の飲食物がかなり安く、しかも結構美味しかった

*5:プールにはドライヤーがないため、帰りがけに通っているジムのお風呂に行こうとなったのだ

*6:ユニクロアプリもタッチ決済用のクレカも全てスマホ頼みなのだ

*7:私自身はTRUMPを知らないがFFにはTRUMPを嗜んでいる人が一定数存在し、流れ弾的に阿鼻叫喚の様だけはちょくちょくおすすめに流れてくる

*8:見た目の似ているシランとリンドウだけはやや自信がなかった

*9:諸事情で「マルメロ」という名前がやたら気になってしまったがこれは脱線なので多くは語るまい

引きこもりとCOVID-19

社会人になってしまった

はじめに

この記事は、Kumano dorm. Advent Calendar 2020の12日目の記事です。

社会人になる少し前に起こったこと

本節は、本題に至るまでの前日譚みたいなものです。本題を読みたい方は、次節を読んでください。

去年、私は修士論文を書いて大学院を修了した。修士論文との格闘、修士課程で大学院を終えることについて、去年のアドベントカレンダー

pineplaaaain.hatenablog.com

に書かせてもらったので興味があったらそちらも読んで欲しい。ちなみに今回の本筋とは多分そんなに関係ないと思う。

あれから、私は理学部の後輩や同期を巻き込みながら、そして研究室のメンバーの皆様のかなり暖かな支援によって(皮肉とかではなく本当の本当にお世話になった。今でも感謝に耐えない)、無事に修士論文を書いた。そして、その頃、世間ではのちに大騒動になる一つの火種が燻り始めていた。

COVID-19、今では新型コロナと呼ばれるアレが話題になり始めていたのだ。

修士論文提出まで

2月1日、ダイヤモンドプリンセス号関連で感染者がいたことが明らかになり、その直後に横浜でダイヤモンドプリンセス号は検疫体制に入った。修士論文の提出締め切りの3日ほど前のことである。 その当時、国内感染事例はなく、空港や港での水際作戦がとられており、中国から人来るな的な雰囲気になりつつあった。そして「まだ国内にいないから大丈夫だろう」みたいな雰囲気があった。研究室でも「そんなことないと思うけど、万一感染したら研究室に来られなくなるから気をつけてね」といった話がされていた気がする。ともかく、とりあえず海外からやばそうな病気が来る、かかったら肺炎やばそう、みたいな話で、まだ結構他人事だった。

そんなこんなで、修論は完成し、無事に提出することができた。卒修論提出日のどこか和気藹々とした研究室の空気は実は結構好きだったりする。

修士論文提出後

さて、修士論文も出せた。翌週にはおそらく合格だろうということが告げられ、修了がほぼ確定した。そんな中、新型コロナウイルスは順調に世間に浸透していった。ちょうど国内で初の死者が出たのがこの頃で、さらにヒト-ヒトで感染することも確認され「感染が国内に蔓延し始めている」ことへの危機感が募って行った。まだ飲み会は普通にできた(研究室の追いコンその他諸々)。Nintendo Switchは工場が停止したせいで、また品薄になっていた。

ここからは結構色々と方針が出ては変わってだったので詳しくは覚えていないけど、2月下旬には海外の渡航や大規模なイベントはほぼできなくなった。大学でも、サークルの追いコンや卒業イベント、合宿が相次いで中止になっていた。後輩数人が暇を持て余し始めたのを覚えている。

そして、海外からの観光客が入国することがなくなり、京都から人が消えた。

自分の身に起こったこと

個人的にはコロナの影響で言えば、せいぜい予定していた海外旅行や卒業旅行が中止になったくらいだ。追いコンライブも(大々的に宣伝できなかったものの)実施できたし、引っ越しも問題なく行えた。部屋の片付けが遅れて迷惑をかけた後輩、引っ越しを手伝うためはるばる東京から応援に来てくれた友人、本当にありがとう。

こうして私は、大学を離れ社会人になった。

社会人になった

もうちょっと経緯を話すので、気になる人は次節へ。

入社まで

ひとまず実家に拠点を移し、自分がしばらく住む環境づくりを始めた。3月下旬のことである。この頃には営業期間短縮、マスクの品薄、不要な外出自粛用でなどが徹底され、おそらく最も厳しかった時期かもしれない。入社予定の弊社からも、色々と混乱していることが窺える指示が飛んできた(在宅予定になったり変更になったり)。

おおよそ部屋の片付けと寝床の整備が終わった直後(結構いいマットレスを買ってテンション上がっていた)、会社から最終的な決定事項が言い渡された。「家が遠い人はオフィス近くのビジネスホテルで18連泊してもらいます」。

...........まじ?

ビジネスホテルで始まった引きこもり生活

特に書くことがない。六本木にいるのに、どこも店やっていないから何もすることない。コンビニ飯で食い繋ぐのは栄養的に怪しいので、やよい軒日高屋さんに通って生き延びていた。ホテルの部屋から出てもそこにはゴーストタウンと化した街並みがあるのみなので、ひたすらYouTubeを見る、マンガアプリで漫画を読む、JavaScriptの勉強をする、くらいしかやることがなかった。オンライン飲み会してくれた寮の同期や元バイト先などには感謝しかない。

おうちに戻った

18連泊ののち、家で在宅勤務が始まった。緊急事態宣言下なので、日中仕事して夜はベースを弾くとかゲームするとか、そういう生活になった。もちろん、家からはほぼ一歩も出ない。これが実家での引きこもり生活の始まりだった。

本論

本題です。結果として、コロナのせいで家から出ることなく社会人になりました。梅雨頃にオフィスに行き始めましたが、それでもオフィス以外には行かずにほとんど外出していません。この辺でふとある疑念が頭をよぎりました。

「コロナのせいで外出できないのではなく、外出しない自分の習性をコロナという大義名分で正当化しているだけなのではないか」

生き方を見失う

私が引きこもり気質なのは結構色んな人が認めるところだと思う。それはそうとして、コロナのせいで外出が制限されおうち時間を謳歌していた結果、社会人ってプライベートに何をすればいいのかわからなくなっていた。遊びに誘ったり、誘われたり、そもそも誘っていい物なのか、全然わからない。有給をほとんど取っていないが、それも取ったところで何をしたらいいのかわからないためだ。たった一度、誕生日休暇の振替で取得した休みの日は、病院と銀行の手続きをするためだった。

社会人とは、特定の目的を強いられて、日々という時間を目的に割く生き物だと思っているから、多分これはまだマシな方だと思っていて、体験したわけじゃないけど(体験したくもないけど)この状況下で真に辛いのは行動の自由度が高い学生だと思う。自分でやること探して行動していくのが大学生だと思っているので、人生の見失い度は尋常じゃなく高そうだなと。

まとめ

本当はもう少し書きたいことがあって、色々と練っていたんですが、そっちがまとまらないのでざっと書いたこの段階(12日17時)でまとめに入ります。尻切れトンボでごめんなさい。

この記事を書いて、本当はコロナ禍で引きこもりがどうなるか、大義名分を得てそれで幸せになったのか考えたかったのだけれど、ここに来て結論がわからなくなりました。その要因に、Twitterで観測した寮祭に関する一連のトラブルがあります。私の認識だと、結構大きな分断を産んだように感じていて、その原因は何かと思えばコロナ禍で自由にできないことのストレス、そもそも流行病というものに対する不安、周りを見る余裕の喪失などがあるのではないかと勝手に思っています。今までは、小規模に対立や揉めていながらでもそれなりにうまく回っていたのは各人がきちんと行動を選択できていて、多少なりとも逃げ道や居場所に余裕があったためではないか、みたいな。

個人的には寮で遊ぶのはとても楽しいです。同時に、住居としての寮を必要としていた自分にとって寮という空間が生活に適さなくなってしまうのはそもそも本末が転倒しているだけではないのかと思っています。このまま対立が先鋭化しても、おそらく誰も幸せにはなりません。自分のやりたいことは、必ずしも他人を幸せにしないもんね。

だから、難しいとは思うけど、楽しく遊ぶために不快に感じる寮生や住人のことを一度きちんと思いやってください。反発して煽って対立するのは、全然かしこい方法ではないと思います。

修士論文中間発表当日リアルタイムお気持ち実況

はじめに

この記事は 熊野寮のアドベントカレンダー の25日目の記事です。

前日の記事は こちら

絶賛飲酒済みなので文章がめちゃくちゃなのは多めに見てください。本当は中間発表が26日のつもりだったのでしんどい中で前日のお気持ちを実況するつもりでしたが、今日発表が終わったのでその後の忘年会で飲酒しすでに割と酔っています。予定外。

背景

切羽詰まっている

この記事は本質的に執筆がギリギリになることが運命づけられている。どういうことかというと、「リアルタイムお気持ち実況」と銘打ったからには当日の心境を書かなきゃいけないわけだけど、実際修論中間発表の当日ないし前日は忙しいに決まっているからだ。実際、今も忙しい。

内輪事情の共有

今日、12月25日に修士論文の中間発表が終わった。もともとうちの専攻ではだいたい20日ごろに中間発表があるのだけれど、今年はよりにもよって24日に機材テスト、25日の当日というスケジュールだった。さらにまた内輪の話だが、うちの研究室では中間発表の当日に(M2以外で)大掃除と忘年会の準備を行う。今年はクリスマスなので「チキン食べたい(ターキーなんて無理は言わないから)」と先輩にわがままを言ったところなぜかもこみちの動画 を参考に丸鶏を焼くことになってさっきまで食べてた(21:30現在)。美味しい。

中間発表について

中間発表というもの、というか修士論文そのものについて思うところを書きたい。修士課程というのは私の感覚では研究者の入り口で、要するにその最初の資格認定が修士論文ということになる。どういうことかというと「未熟なりに自分で研究して世に出せる成果を生んで研究者として認めてもらう」ということで、これがなかなかにしんどい。1ともかく、自分なりに研究した事実を論文にまとめて2月に提出する、その方向性がいいかどうかを現時点での成果発表で評価してもらうのが中間発表という儀式になる。

本当なら修士の2年間で全力に研究に打ち込んで、こまめに論文を出していれば中間発表も修士論文もある種の「過程」に過ぎず、むしろ提出期限とかで変なミスをしないかどうかが問題になるレベルだろう。しかし、私はそうではなかった。以下はそんな私のお気持ちである。

本題

ここ数日のメモをもとにお気持ちを振り返ります。

中間発表前

~10月

研究テーマの詰めが終わらない。漠然と考えていたことが実は全然見当違いで、なんでこんな単純なことにもっと早く気づけないのかと自分が嫌になる。こういうとき、本当に自分の研究適性のなさを自覚する。修論の具体的な内容が決まらないまま少しずつ肌寒くなっていく。何度か鴨川への身投げを検討する。

11月

指導教員やD3の先輩との議論を経て、とりあえずのテーマを決める。11月の間は関連する論文やモデルの構築、具体的な計算などおそらく一番研究者っぽいことをしている気になる。やることが多くて睡眠が確保できず、死にそうになる。月末のゼミで一旦の区切りをつけることに成功する。

12月

中間発表のスライドを作り始めるも、寮祭に邪魔される。発表練習までに準備が難航し、結構メンタルが崩壊する。見やすくてわかりやすいスライドを作るのってセンスだなって思う。結局、2回くらい派手にボツをいただきながらなんだかんだ完成させる。

そして今日

まず私は人前に出るのが嫌いである。物性若手夏の学校に参加した人は知っているかもしれないけど、本当に人前で話すのが嫌で、司会をやる数時間前から地下室に引きこもっているくらいには嫌い。なのにフルボッコにされるとわかっている発表で30分ほど人間の前で耐えないといけない。本当に朝から憂鬱。 自分の2つ前の発表の人が質疑応答で炎上する。さらに憂鬱になる。

自分の番になり、機材の準備をしながら帰りたい以外の感情を失う。マイクに声が通ったり通らなかったりしながら、15分しゃべる。1分余ったけど、司会の先生が親切にも鈴を鳴らしてくれる。質疑応答は半分くらい何言ってるかわからん。答えても相手は首を傾げるけど、正直首を傾げたいのはこちらだと言いたくなる。

終わる。終わってみれば何のことはない、優秀な同期の発表を聞きながら忘年会と丸鶏の丸焼きに思いを馳せる。

終わりに

22:32現在、忘年会でそれなりにアルコールを摂取したため地味にグロッキーである。しかし、今日のアドベントカレンダー担当としてこれを書き上げなければならない。つらい。最後に研究って何だろうって思ったことをまとめてこのブログの終わりとし、さっさと寮に帰ることにする。

なぜ敗北したか

修士課程で終わる者は基本的に敗北者である。2 これは寮の同期ともよく話したけど、学部で終わって社会生活を営む決心や計画性もなく、博士課程でやっていくだけの能力も意欲もない、そんな人の集まりが「修士」なのではないかと思う。3 少なくとも私は紛れもなく負けた。研究を続けることができなかった。

これを読む人にどれだけ届くかわからないけど、大学院に行くなら博士課程に行く覚悟で進んだほうがいい。2年でできることなんて本当にたかが知れているし、そんな曖昧な気持ちで研究に片足突っ込んでも精神的にしんどい思いをするだけだと思う。もちろん、一度社会に出てから覚悟ができた後に戻ってきてもいい。昨日話した寮のM先輩は最近の論文やディスカッションの内容をそれはそれは嬉々として語っていた。何言っているのか滑舌の点でも内容の面でもほとんどわからなかったけど、すごく楽しそうだった、近々D進するために帰ってくるらしい。大学院に行くならこれだけの研究愛がないとダメなのだな、と思った。

最後に暗い話になってごめんなさい。もちろん楽しいこともたくさんあります。ここまで読んでくださったみなさんの進路に幸あれ。


  1. というかこれをしんどいと思っているようでは研究者に向いていないのではないかと思う。

  2. もちろん、企業で研究を続けるなどしている場合は勝者である。ここではM2で研究そのものを終えたもののことをいう。

  3. 異論はあっていいと思う。というかこれが真実を言っているとしたら残酷すぎる。絶賛異論募集中。